実家にて原稿をほぼ書き上げ、これから図や楽譜など資料の用意に進みます。編集者の熊本君は最初の組版に入ります。現段階で見積もりは200頁、図や楽譜を入れると最終的には300頁にはなるかもしれません。地球の音色の1.5倍、セッション本の2倍の厚みです! 20年の蓄積をすべて出しきります。
出来上がったら関係者で読みつつ、学術資料として学生さんや研究者に読まれることもありうるのでプロの校正にも入ってもらいます。
2月下旬に、豊田君、須貝さん、僕の君、僕の録音をします。音源・映像資料もつけます。少なめに見て30年は読まれ続ける本になるかと思います。
願わくば6月までには出せますように。今年中に書きたい本がまだまだ控えています。
海外の骨董市やオークション・サイトをチェックすると古いフルートを見つけることがあるでしょう。新品のフルートと比べて値段が高いものもあれば、安いものもあります。高いのは楽器の性能が良いことが理由ではなく、美術的価値や希少価値があるためです。安いのは本当にがらくたなのか、出品者が価値を理解していないかです。いずれにせよ値段と性能には関係がありません。アンティーク・フルートを購入するのであれば、試奏は最低限必要で、その上で信頼できる演奏者の判断を求める、できる限りの情報を得た上で、返品を受け付けられる信頼のできる出品者からのみ購入してください。
フルートは食品と違い、古いという理由だけで劣化はしません。腕のいい職人の中古フルートが良い値段で売られていたら、購入を検討してみてもよいでしょう。こんなエピソードがあります。Matt Molloyは、Jean-Michel VeillonのF管を気に入り、譲ってほしいと頼みました。Jean-Michelは製作者のGilles Lehartを紹介するといいますが、Mattは使い込まれたフルートがいいから、それを譲ってほしいと言い張り、Jean-Michelは友情のために使い込んだフルートを譲り、新たに良いものを注文することにしました。
購入の際には、いつ作られたもので、前の所有者はどのような人で、どのように演奏していたのかを可能な限り調べしましょう。フルートは使い込むほどに木が馴染み鳴らしやすくなる反面、指孔がすり減って角が丸くなったり、歌口やボアが削れたりします。見てわかるほどの摩耗でなければ悪影響はありませんし、角の丸い指孔がおさえやすいと感じる方もいるでしょうが、状態を理解してから購入すべきです。ほかにもパッドが漏れていたりコルクの位置が誤っていたりするなど音が悪くなる要因がたくさんあります。購入後、長期間演奏されなかったフルートには演奏前に新品と同じ手順で「慣らし」と「オイリング」を施しましょう。
前の所有者が初心者だったからといって、そのフルートの品質が悪くなるということはありません。同様にプロが使っていたからといって所有者のように良い音が出るわけでもありません。それよりも、どのように管理していたかが重要です。
新品のフルートは鳴らしにくいといわれます。ある人の言葉を紹介しましょう。「木がまだ生きているのだと思い込んでいて、自分を楽器だとは思っていない。だから、演奏者が楽器にするのだ」。楽器が成長するという確たる証拠はありませんが、演奏者が楽器と同化するプロセス、そして楽器の状態が変化するプロセスの二つにより、楽器の音が良くなるということはありえるでしょう。
20世紀のアイリッシュ・フルート奏者たちがプラスチック・フルートを利用していなかったのは、単にプラスチックという選択肢がなかったためです。プラスチックが木に劣るということはありません。むしろ、木よりも品質の良いプラスチックのフルートはたくさんあります。デザインや職人の技術のほうが重要な要素といえるでしょう。
古来ヨーロッパの管楽器は左利き奏者が鏡写しに構えられるように左右対称に作られていました。たとえばルネサンス期のショウムやバロック期の1キーフルートはどちらの手が下になってもよいよいに小指のキーが作られていました。
アイルランドには、左利きの名手が数多くいます。テイン・ホイッスルやキーなしのアイリッシュ・フルートは左右対称形なので、反対に構えても問題ありませんが、19世紀末以降のフルートは、右利き用に歌口のアンダーカットをしている可能性があります。そういった楽器は左に構えると職人が意図した通りの音になりませんから、購入前に歌口を確認してみてください。新たに製作を依頼するなら、キーなしフルートであっても左利き用だと伝えましょう。
キー付きフルートは一般的には右利きを対象に設計しているので、左利き奏者であれば無理に右利きフルートを左向きに構えようなどとは考えず、持ち方を右構えに変えるか、左手用のキーの配列のフルートを注文しましょう。左利き用のキー付きフルートは19世紀から存在していました。ただし、そのような特別注文を受け付ける工房は限られますし、追加料金が発生することがあります。左利きで、これからフルートを吹くのであれば、そして将来キー付きフルートを吹く可能性があれば、いまのうちに右に構えることに慣れておいたほうがよいでしょう。
なお左利き奏者には、Cathal McConnell、Seamus Tansey、Vincent Broderick、Michael McGoldrick、Catherine McEvoy、Deirdre Havlin、Gary Shannon、John Wynne、Patsy Hanleyなどがいます。
小さな手でも演奏しやすいフルートには3つのデザインがあります。
①指孔が小さいこと、②指孔の間隔が狭いこと、③指孔が直線状ではなく指に合わせて並んでいること(オフセット)です。
①と②は関連があります。設計において指孔を歌口に近づけるほど、指孔の直径は小さくしなくてはいけません。指孔が小さくなると、その指孔を開放した音の音量が小さく、音色はこもります。指孔が小さいと素早い指の動きや装飾音に対する反応が比較的向上すると考えられています。
③指孔がまっすぐに並んだものはストレート・ラインドStraight LinedやインラインIn-lineといいます。これに対して、指の長さに応じて指孔の位置をずらしたものをオフセットといいます。指孔をずらすことに関しては音響的な違いは生じません。
これらの特徴を備えたフルートを製作している例として、以下のものを挙げます。アメリカのケイシー・バーンズCasey BarnsはエルゴノミックErgonomic(人間工学的)モデル。アメリカのDavid Copleyは個別の要望に対応しています。ポリマーフルートのGaleonにはオフセット・モデル、指孔の小さなLarsenモデルがあります。Musique Morneauxのフルートも比較的指孔が小さく抑えやすいです。
軽さを重視するのであれば、以下の条件を検討しましょう。
アフリカン・ブラックウッドよりもポリマーが、ポリマーよりももカエデ材が軽いです
チューニング・スライドやリングやキーなど金属部品を減らせばより軽くなります。
キャップ、捨て孔がなく先端が短いもの(D Foot)はより軽くなります。
キーなしフルートであっても800US$〜1000US$程度の費用がかかるため、Casey BarnsはFolk Fluteというモデルを製作しています。これは初心者向けの比較的安価なモデルで、木目が揃っていなかったり節があるために外見のよくない素材を用い、チューニング・スライドやエンド・キャップや足部管を省いています。やがて買い換えることが前提であれば入門用の楽器としてよいかもしれません。
初心者向けに作られるフルートは存在しません。初心者であればなおさら、品質の良いしっかりとしたフルートで練習したほうが上達が速いでしょう。しかし初心者向けというのを、「いつ飽きても心理的な負担が少ない価格が安いフルート」と定義するのなら、見た目だけのパキスタン製のフルートや薄いプラスチック素材のフルートは安くすぐに手に入ります。しかし、これら安い楽器は伝統音楽の演奏には品質が不十分なものもあるので、これを吹いて挫折したからといって「アイリッシュ・フルートはつまらないおもちゃだ! 」などと考えないでください。あるいは、初心者向けというのを「指の幅が小さくて息の消費が少ない吹きやすい楽器」と定義するなら、ケイシー・バーンズのCasey Barnsのフォークフルートやポリマー・フルートがよいですが、やがてそれでは物足りなくなる日が来るでしょう。
フルートは様々なサイズのものがあるので、小さな子供が始めるには、小さいフルートを買うことを考えてみてください。鼓笛隊では、F管やG管などの短めなフルートでハーモニー・パートを演奏します。短いフルートで始めるならば、なるべく早い段階でD調のフルートに移行するのが望ましいでしょう。
一般的にアイルランド音楽ではD管のフルートを演奏します(つまり、6つの指孔をすべて閉じるとDが出るものです)。フルートは色々な調子で製作されています。短いものから、D(ピッコロともよばれます)、C、B♭(ファイフは主にB♭調が一般的です)、A、G、F、E♭などです。
フルートの長さが異なれば、構え方、指の広げ具合、息のあて方、息の使い方すべてが変わってきます。フルートはより短ければ、より楽な息で吹くことができますし、指孔の間隔が狭まりおさえやすくなります。一方でDより低い管もあります。C、B♭、Aなどです。長くなるほど息の消費量が増し、体力が必要になりますし、指孔の間隔が広がりおさえにくくなります。
D管以外のフルートは、すべて移調楽器として扱います。つまりD管と同じように、すべての指孔をとじた音をDだと考えますが、実際に出る音は異なる音程となります。その方が、楽譜を読んだり書いたりする際に便利だからです。
ソロ演奏や録音においては、D管に続いて短めのF、E♭、低音のB♭がよく演奏されます。F管はブルトン音楽でボンバルドとの合奏に用いられることもあります。E♭はD管よりも半音高いだけですが、演奏時により少ない息、強い音で演奏できます。B♭は速い曲で指を動かせる大きさの限界ですが、ゆっくりとした深い曲を演奏するのに好まれています。これらのフルートを作っている職人が比較的少なく、在庫している楽器店もありませんから、職人を探して個別に注文して手に入れることができます。