2017/09/30

楽譜「Tiden i skogen 森の時間 譜面集発売のお知らせ」


楽譜「Tiden i skogen 森の時間 譜面集発売のお知らせ」

笛とハープのデュオhatao & namiが北欧音楽を特集した2017年の新譜「森の時間」のスコアが9月に発売しました。
タイトルはCDと同じ「森の時間」で、A4サイズ、充実の64ページです。

先に発売したCDではスウェーデンやノルウェー各地に伝わる19曲の魅力的な楽曲とオリジナル曲を、13種類の笛とハープやオルガンで演奏しています。

譜面集はそのCDのほぼすべての曲をCDと同じアレンジで新たに書き下ろしました。北欧音楽では各地で音律も運指も異なる笛が使われていますが、この楽譜はすべて実音で記譜されており、フルートやリコーダー、ヴァイオリン、アコーディオンなどのメロディ楽器とピアノやギターやハープなどの身近な楽器で北欧音楽に親しむことができます。

スコアに続いて、リコーダーやティン・ホイッスルでも演奏しやすいようにシャープが1つか2つの調に移調したメロディパート譜を収録しています。

また巻末には楽曲解説とそれぞれの笛の文化的・歴史的な背景についての資料、スウェーデン人演奏家のインタビューを収録しており、音楽的な知識も身に着けれられるようにデザインされています。

日本ではまだまだ北欧音楽の愛好者は少なく、言語の違いもあり簡単に情報にアクセスすることができませんでした。
北欧音楽に魅力を感じて、この4年間hatao&namiとして、リサーチや、演奏、アレンジに取り組んできたことを、一枚のCDにまとめました。また、聴くだけではなく、演奏する楽しみを共有できればと、この度CDの内容に沿った譜面集を製作しました。

「森の時間」CDは2200円(税別)、楽譜は2000円(税別)です。hatao & namiのホームページまたは私たちのコンサートでお求めになれます。

http://hataonami.com/book.html

このCDと楽譜を通じて、より多くの方が北欧音楽を楽しまれることを願っています。


2017/09/21

アイルランドで感じたアイリッシュ・セッションの本質

 パイントグラスに注がれる琥珀色の泡が底に沈む様子を、僕はカウンター
越しに「おあずけ」 をされている犬のように待っていた。

 「ここのパブのギネスはアイルランドでも一番うまいんだ」と友人でフル
ート奏者のキアラン・サマーズ(Ciaran Somers)がためらいもなくお国自
慢を披露した。

 アイルランドではどんな小さな町にもパブと墓場だけはあると自虐的に言う
くらい、アイルランド人の生活に密着したパブ。この皮肉は、教会ではなく墓
場であるところがアイルランド人らしい。確かに、なんの特色もないこの街で、
アイルランドで一番美味しいギネスが飲めるというのはなかなかの宣伝文句に
なるかもしれないな、と思いながら、アイルランドで最初の一杯を飲んだ。

 エールやスタウトはUKやアイルランドには何百種類もあるが、ギネスは世界
中に輸出して大成功しているだけあって、実にうまい。この旅では、この後
各国のビールやエールを飲んだが、ギネスはやはり特別だった。複雑な苦味や
喉を通る泡の柔らかさが癖になる。

 これまで度々アイルランドに通った自分でもカウンティ・カーロウ
(Co.Carlow)は、聞いたこともないような場所だった。ブルターニュからフェ
リーに乗って入国したアイルランドの旅の出発地点がカーロウだ。それから数
日して、僕たちは西を目指して車を走らせた。

 カウンティー・クレア(Co.Clare)の小さな村ミルタウン・マルベイ
(Miltown Malbey)では毎年7月にアイルランド最大のサマースクールウィ
リー・クランシー・サマースクール(WIllie Clancy Summer School)が開催
されており、国内はもちろん世界中から人を集めている。 キアランはここで、
何年か前からフルートの講師を担当しており、僕を誘ってくれたのだ。

 サマースクールの期間中はメインストリートの何軒ものパブでセッションが
開催されている。レッスンを申し込まなかった僕はセッションに参加すること
だけが楽しみだったのだけれど、その期待はあっさり失望に変わってしまった。
 どこのパブもとくかく人が隙間ないほどに詰め込まれていて、通りにも人を
吐き出していたのだ。フルートを構えるスペースすらなく、立って聴いている
のが精一杯で、結局参加できたセッションはいくつかしかなかった。

 田舎のパブは店と居住空間が一体化した店舗兼住宅の形が多いのだが、この
期間中はセッションに人が集まりすぎて、メインのパブのほか、裏庭や納屋や
母屋のダイニングなど至る場所で同時発生している。そういう「秘密の」セッ
ションは人数も観客も少なめでよい音楽が聴けることがある。

 昼下がりの明るい時間にダイニングで開かれたセッションでのことだった。
そこには、講師でもあるベテランのフルート奏者やフィドル奏者、そして若い
コンサーティーナ奏者など何人かの若い参加者がいた。ダンス曲を演奏しては、
たっぷり話をして、また曲を演奏して……、を繰り返しながらゆっくりと時間
が過ぎていった。

 見慣れたセッションと違ったのは、そこに色々な要素があったことだ。曲の
合間に観客の誰かが歌いだしたり、参加者が合唱したり、子供が習いたての曲
を笛で吹いたり、音楽に合わせて熟練のダンサーが踊りだしたり、 そして
ジョークやストーリーを語ったり、スペイン語圏からの観客がスペイン語の歌
を披露したりした。

 セッションに決まった形はないが、このセッションはその流れが一つの物語
性やよく考えられたエンターテインメントであるかのように完璧で居心地が良
かった。そこで感じたのは、良いセッションとは参加者の誰もが敬意を持って
存在を受け入れられ、そして参加者の楽器や歌やダンスや語りの才能や知識を
参加者全員と共有し楽しむ場所なのだということだった。

 ラジオや自動車がなかった時代、音楽やダンスはとても地域的なもので、コ
ミュニティの住人が集まって楽しむものだったという。セッションは20世紀以
降の近代的な現象だが、それでもなお、コミュニティの運営を円滑にするため
の、コミュニケーションの装置であることに変わりはない。セッションにおい
て「曲を演奏すること」はその一要素でしかないのだ。

 それに対して、私たち日本人を含む外国人の伝統音楽やセッションに対する
態度や考え方を見ると気づくことがある。アイルランド音楽の伝統が存在しな
い私たち外国人の多くは商業的な録音物によってトップ・プレイヤーから間接
的に音楽を学び、演奏技術や曲の習得に対してアイルランド人以上に真剣な態
度で取り組む。

 伝統音楽ではどのようにその曲が自分に「手渡された」か、そして曲の背景
への知識が重要視されるが、外国人は人から学ぶ機会が少ないので、すべての
曲がメロディとしてのみ記憶される。演奏することや楽器の技術を上達させる
ことが目的となるため、会話のコミュニケーションは少なくなりがちだ。

 しかしそれが間違っているというつもりはない。アイルランド人が時々言う
socializeという単語がある。社交する、という意味だが、アイルランド人は
人付き合いを重視する。また、気さくな会話における話題や流れやオチといっ
たものを日本の話芸のように楽しんでいるところがあると感じる。アイルラン
ド人がセッションで語るジョークやストーリーテリングは、英語が理解できな
いと理解ができないことはもちろん、その文化的な背景の知識がなくては楽し
むことはできない。そのため、言語的な壁がないはずのアメリカ人にさえも理
解ができないことが多いという。

 日本人はアイルランド人のように公衆の前で人のプライバシーに立ち入った
話をすることを無礼だと受け取るし、親しい人であっても距離感を保つ傾向が
ある。また、歌やダンスなどは一定のレベルを満たさないと人前で披露するこ
とは恥ずべきことだと考えてはいないだろうか。私たちはアイルランド人とは
コミュニケーション・スタイルが根本的に異なるので、アイルランドのセッシ
ョンをそのまま日本で再現すると不自然さやぎこちなさが生まれるだろう。

 本当の意味でアイリッシュ・ミュージシャンになるには、アイルランド人の
ように英語を理解し、飲み、語り、歌い、踊り、生活することが、演奏と同じ
くらい大事な要素なのだろう。それは我々外国人にはとても難しいことだ。
しかしそのように生真面目に考えるのもまた、日本人らしいのかもしれない。

 アイルランド音楽はいまや世界中に愛好者を生んでいるが、音楽だけが文化
の土壌から切り離されて親しまれており、それが可能だったからこそ、こうし
て楽しまれているのだろうと感じた。

2017/09/10

「ケルトの笛屋さん」実店舗がオープンします

◎「ケルトの笛屋さん」実店舗がオープンします

 日本で初めての本格的な伝統音楽ショップを開くことがここ数年の目標でした。いよいよその目標が実現します。

これまで笛を中心にインターネットで販売をしてきた「ケルトの笛屋さん」のショールーム/お店が「ケルトの笛屋さん field店」として京都の中心部、烏丸錦通りに11月21日(僕の誕生日)に出現します! ビルの2階はアイリッシュ・パブ、3階はスタジオと楽器店、なんと4階はB&Bで1階はうどん屋さん。このビルだけで音楽合宿ができます。

 お店ではアイルランド音楽の楽器を中心に、笛だけではなく弦・打・蛇腹楽器のほか書籍やCDも取り扱います。ヨーロッパの伝統音楽を広く紹介するお店にしたいと考えています。

 今回のヨーロッパ旅行では、各国の伝統楽器店を見て周りインテリアや陳列を参考にしたり、楽器卸売業者や製作者と会って商品の選定の参考にしました。

現在、fieldのオーナーの洲崎さんと店内インテリアを相談中です。ヨーロッパで見た楽器店のワクワク感を感じられる素敵なお店にしたいと思っています。

当面はセッションがある火曜日・土曜日と日曜日の午後から夜の営業となります。ぜひ、お立ち寄りください。

 ◎「ケルトの笛屋さん」が中古楽器の買い取りを始めました。

ケルトの笛屋さん京都field店の開店に向けて、中古楽器の買取を開始します。

アイリッシュ全般の楽器を買い取りますが、特にコンサーティーナ、アコーディオン、ハープ、ハンマーダルシマー、バウロンを求めています!
中古アイリッシュ/トラッドCDは状態が良ければ1枚500円程度で買取します。お家に眠るお宝を探してみましょう!

2017/08/24

伝統音楽とナショナル・アイデンティティー スウェーデン音楽とウェールズ音楽を観察して

伝統音楽とナショナル・アイデンティティー
   スウェーデンとウェールズを観察して

移民問題に揺れるヨーロッパ各国を旅する中で、多くの伝統音楽家から移民問題についての意見を聞く機会があった。移民を積極的に受け入れることに対して反対の伝統音楽家からは、移民はヨーロッパ文化とは縁遠い中東からやってきて、受け入れ先の言語を学ばず、働かずに福祉を頼り、時に犯罪を引き起こすという主張を聞いた。
彼らによると、移民は将来の社会保障や治安の重大な脅威であるという。彼らはなぜそこまで危機感を募らせるのだろうか。それは彼らが伝統音楽家であることと関係があるのだろうか。

そこで私はひとつの仮説を考えた。自国の伝統音楽を演奏する音楽家は保守的な政治思想を持ち、外国の伝統音楽を演奏する音楽家はリベラルな政治思想を持つ傾向があるのではないだろうか。

 自国文化の継承や保存に重点を置く伝統音楽家が保守思想を持つことと、外国の音楽を演奏する伝統音楽家が自らの文化を誇りに思うのと同じくらいその対象の国に敬意を払うことは、理にかなっている。それが、伝統音楽とナショナル・アイデンティティーというテーマについて考えるきっかけとなった。

私は移民問題で揺れるスウェーデンで、近現代史において伝統音楽と政治がどのような関係にあったのか、インタビューを行った。文献や資料を当たったわけではないが、以下は私が得た限りの情報である。

かつて17世紀にはノルウェーとフィンランドの大部分を支配下に置いていたスウェーデンが多くの領土を手放し、経済的にもヨーロッパ後進国となっていた19世紀末〜20世紀初頭、スウェーデン人の自信と誇りを取り戻すために、 政治主導でスウェーデンの伝統的な文化や習慣に目を向けるようになった。当時の伝統音楽家は懐古主義や平和な田園と森林といったロマンティシズムの象徴として考えられた。それは画家のアンデシュ・ソーン(Andes Zorn, 1860-1920)が農村の風景や伝統音楽とダンスを描いたり、1906年に初めての伝統音楽の集いスペルマンズ・ステンマ(spelmansstämma)のパトロンとなったこと、1922年にスウェーデンの伝統音楽曲集スヴェンスカ・ローテル(Svenska låtar)が出版されたことにつながってゆく。

その後ヨーロッパ大陸は第一次・第二次世界大戦を経て荒廃したが、スウェーデンは戦争に関わらなかったため国力が温存され、ヨーロッパの復興需要を満たすことで工業国として飛躍的な経済成長を遂げた。その期間、伝統音楽は政治とは無関係のものと見られていた。伝統音楽が再び政治性を帯びるのは、1960年代になってからである。アメリカでベトナム反戦運動と結びついたヒッピー運動が起こり、反体制的なフォーク音楽はヨーロッパにも伝播した。スウェーデンでは、権威主義を離れて自然で伝統的なものを求める文化的潮流の中で自国の伝統音楽を「発見」した都市部の若者たちは、外国の流行や文化的影響を受け入れながらリベラルで自由な発想で新しいスタイルの伝統音楽を盛り上げていった。
 そのため、現在の60-70代の伝統音楽家はリベラルな思考を持つものが多いとされる。その後の30-40代の世代では、世界でも先進的でリベラルなスウェーデンの空気を吸いながら育ったため、政治と切り離して音楽を考える傾向がある。
 しかし2000年代に入り移民とスウェーデン住民との文化摩擦が起こる中で、過激な右翼思想を持った政党Sweden Democratsが議席数を伸ばすなど保守の声が次第に強くなり、ある代表的な伝統音楽家がSweden Democratsを支持する過激発言をするなど、一部の伝統音楽家は保守に共感を感じる傾向がある。
伝統音楽は世界的な潮流である保守とリベラルへの社会の分断の中で、再び政治利用される可能性が出てきているという。

私は象徴的に保守思想とは、我と彼、こちらとあちら、というように違いを区別し、「こちら側」の利益を追求する思想であり、リベラルとはその境界を溶かし、全体の利益を追求する思想だと捉えている。それでは、私が問題提議したような、伝統音楽と保守思想の関係はあるのだろうか。

このテーマを考えるヒントになったのが、ウェールズのフルート奏者ケリ・マシューズ(Ceri Matthews)氏の伝統音楽についての発言だった。彼によると、20世紀後半までウェールズに音楽はあったが、「ウェールズ音楽」はなかった。
ウェールズ文化は20世紀初頭のウェールズ語復興運動やブリテンからの文化的な独立を保とうとする風潮の中で意識化され、その音楽は1970年代以降は世界的に隆盛を誇ったアイルランド音楽から自らの音楽を区別するために、明確に区別されるようになった。
ウェールズの文化祭Eisteddfodでは、ウェールズ語のみが話され、積極的にウェリシュネスを表現することが求められる。

アイルランドにおいても、19世紀にブリテンからの独立運動の機運の高まりから、アイルランド独自の音楽・ダンスを定義し、それ以外のものを排除、新たな「伝統的」音楽やダンスを創造することでアイリッシュネスを高揚させた。このような「アイリッシュネス」は次世代によって再創造され固定化され、やがて真実の伝統となり、アイルランド人のナショナル・アイデンティティを強固なものにした。「アイルランドの伝統音楽」は国民国家の誕生に関連して生まれた20世紀の伝統である。

しかし、何かの強大な文化へのアンチテーゼとしての文化は、意識する他者があって初めて自らが定義されるという点で自己矛盾をはらんでいる。それは、この世に女性という性がなかれば、男性は自らの性を定義できないことと同じである。現実の世界は国境という政治的な境界線によって区切られているのではなく、人は陸や海の国境を越えて移動し、 言語・民族・文化は混ざり合い、グラデーション風にまだら模様に存在している。そこを人為的に区切るのが国民国家である。

先述のMattews氏は言う。「私は自らをWalesという単語で語らない。それは、古い英語で『外国人』を意味する言葉だからだ。イングランド人があるから我々があるのではない。我々はカムリ(Cymru)だ。」

Matthews氏は、音楽においても、商業主義によって巨大となったアイルランド音楽のフレームワークを使ってウェールズ音楽を定義するウェールズの伝統音楽家の傾向に注意している。それは20世紀後半の発想で、伝統的ではないからだ。

現段階で私の疑問に答えを出すことは早計だとは思うが、以下のように考えている。

「〜の伝統音楽」という概念は自らを他と区別するために作られ、政治的な脅威が高まるとき民族主義と結びつく傾向がある。

伝統音楽と保守思想は歴史や民族文化を元にした物語を作りやすく、懐古主義的でロマンティックであるために人を惹きつけるが、広く周辺の音楽を見れば、現実の文化は多様で渾然としており、明確に線引きをすることはできない。そのため、伝統と民族主義を関連付けて考えることは現実の認知を歪めて、物事を単純化するおそれがある。

2017/06/26

Fest-nozのこと

ブルターニュのダンスの集いFest-Noz(フェストノーズ、ブルトン語で夜の祭り)を見てきました。

ブルターニュではダンスと音楽と歌の伝統が残っており、年中季節を問わず、フェストノーズが開催されます。今回は、北部ブルターニュのCavanで、公共の会館を利用して開催されました。

夜7時頃から出演者やスタッフが集まって食事をします。ここにはキッチンもついており、手作りの料理とワインを楽しみます。皆さん車で来ているのに、そしてこれから演奏したり踊ったりするのに、かまわずグイグイ飲みます。

入場料を取るものもありますが、今回は入場無料で、ドリンクは有料です。収益はミュージシャンや運営スタッフで分けるそうです。21時に始まりました。お客さんはざっと150人くらいは来ていたかと思います。出演者は歌と楽器でグループごとに30分ずつ、なんと深夜1時までプログラムがあります。2時になると法律でアルコールの販売が禁止されるため、だいたいそのくらいまでは行うそうです。

ステージがありますが、樽の上に載って演奏。ボンバルド(オーボエ)とビニウ(バグパイプ)は伝統的な組み合わせです。その周りを、手をつないでぐるぐると回って踊ります。





誰でも踊れそうな簡単なステップなので、子供からお年寄りまで参加していました。この調子で4時間は踊っていたかと思います。踊らない人もいますが、そういう人は飲んだり、音楽を聴いたり、おしゃべりしたり、女の子に会ったり(笑)しているようです。

ダンスにはGavotte、Laride、Scottish、Plinn、Polkaなど様々な種類がありますが、アイルランドと同じリズムは基本的にはありません。

地域によってダンスの種類には偏りがあり、南部の方ではAn Droのほか、RideeやHanter Droといった3拍子のダンスも踊られます。


これはKan ha diskanと言って、歌で掛け合いをしながらダンスの伴奏をしています。楽器がなくても、こうやってダンスを楽しめるのです。おそらくブルターニュ音楽の原点はこれで、これを様々な楽器でまねしているのだと思われます。時には、ダンサーが自ら歌いながら踊ることもありました。

 こうして、ダンスは深夜まで続くのでした…。