2016/11/09

舞台で何を伝えたいのか


音楽家が舞台に立って演奏している時、何を感じ、何を考えているのでしょうか。

音楽家は立場が違うだけで聴衆と同じように、様々なことを思考し感じながら演奏しています。

音楽家の感情や思いは音や声や言語コミュニケーションの聴覚と、表情や動作による視覚を通じて伝わっています。

それと同時に音楽家は聴衆が何を感じているかを感じ取っています。これによって、音楽家と聴衆との感情の相互作用で会場の一体感が生まれ、コンサートは双方にとって素晴らしい音楽体験になりえます。

僕は、ライブ演奏とは音楽を媒介した人間同士の感情と脳がシンクロすることがその真髄だと考えています。

人間は言語を使って思考を共有することができます。文字や録音された音声であれば時間や場所を超えることができ、たとえば古代ギリシアの哲学者の思考を共有することもできます。文章は論理的、具体的に物事を伝えるのに適しています。

比べて音楽は、特に歌詞がない音楽であれば、具体的な物事を表現することはできませんが、イメージや感情など抽象的な物事を伝えることができます。

例えば「丸くて甘いリンゴ」という言葉を読んでそれぞれが「丸くて甘いリンゴ」をイメージするでしょうが、そのリンゴは赤かったり青かったりするかもしれません。

では「真っ赤な丸くて甘いリンゴ」と言えばより正確かというと、人によってはひとつだったり箱いっぱいだったり、木に成っていたり、いろいろな状態をイメージをするでしょう。

しかし、「丸くて赤くて表面がツヤツヤしていて木に成っている真っ赤な丸くて甘いリンゴ」のように表現を具体的にすればするほど、そのリンゴを食べた時の感情からは遠ざかっていきます。

音楽はリンゴを食べた時の幸せな感情をより確実に伝えられる可能性があります。もちろん、リンゴを食べて幸せな歌です、というとリンゴが嫌いな人にはその幸せな感情は伝わらないので、曲のタイトルも悩むところではあります。

僕は、音楽は演奏者と聴衆の心を直接つなぐケーブルのようなものをイメージしています。

僕がアイルランドで見た景色を描写することはできませんが、その景色を見たときの感情を音楽に乗せて伝えることで、お客さんは同じ感情を感じることができるかもしれません。言葉よりもより正確に伝えられる可能性があるのです。タイトルや曲間のトークはそのイメージを言語的に補足します。

だから演奏する時には自分が何を感じているか、どんな景色を想像しているかを大事にしたいと思います。
慣れていない曲だと技術的なことに意識をフォーカスしてしまったり、いつも同じ曲を演奏していると単純作業のようになってしまい、何も考えずに演奏してしまうおそれがありますが、そうならないために、1曲ずつの視覚的なイメージや感情に一瞬で没入するように心がけています。

音楽家も人間ですから、その日の体調や気分によって毎回違う状態で演奏します。体調が悪かったり演奏に不安があったり、共演者や主催者に不信感があったりすると、楽曲の世界に入る妨げになります。そういう音楽家の状態は聴衆は正確に伝わっています。

音楽や言葉など物事が発するメッセージにはポジティブとネガティブとがあるそうです。ポジティブとは愛、優しさ、喜び、楽しさ、光、安心、暖かさなどで、ネガティブは怒り、恐れ、攻撃、不快感、孤独、闇、不安や不信感、冷たさなどです。

ポジティブな素晴らしい音楽を聴いた時、心を柔らかく揉みほぐしてくれたような気持になり、安心と活力を受け取ります。

ネガティブなメッセージにも人を魅了する力があり、うまく利用すれば人を行動させたり、悪い状況を打開するエネルギーになりますが、イライラしたり、攻撃的になったり気分を落ち込ませたりもします。

自分は、文章や音楽にいつもポジティブなイメージを発していたいので、自分の音楽どんなメッセージを発しているのか舞台の上では常に意識しています。

もっと若くて未熟だったころ、共演者とモメて共演者不信に陥り、卑屈になり、ヤケになって舞台に立ったことがありました。舞台上でふてくされて、演奏も当然うまくいきませんでした。

きっと怒りや不信や嫌悪やあらゆるネガティブな感情の汚物を巻いていたことでしょう。あの時のお客様には本当に申し訳なく思いますし、音楽家として失格であると大反省しました。自分の生涯最悪の舞台でした。

あのような舞台を2度と作らないようにしようと誓いました。

今でも曲に馴染んでいない曲や初めての場所の大勢のお客様などの状況で緊張や不安や自信のなさに囚われそうになることがあります。お客様は自分がどこの馬の骨だと思っているだろう、演奏を失敗するのをあざ笑うだろう、うまくいくわけがない…。

そんな時、「自分はそんな感情を伝えにここに立っているのではない、お客様にポジティブなメッセージを伝えるためにここにいるのだ」と、自分の目的を思い出すようにしています。

そうすると、体と心のこわばりがなくなり、暖かい気持ちでお客様と向き合うことができます。舞台と客席は感情の鏡ですから、お客様も音楽家に暖かく受け入れられている安心感を感じ、一体となることができるのだと思います。

僕はヨーロッパの伝統音楽を演奏しています。外国の文化や知識や学国での体験を紹介することも大切なことではありますが、お客様に伝えたいのは普遍的なことなのです。

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