2018/11/26

男と女

先日、京都にあるフランスのお菓子屋さん「トゥレ・ドゥー」にてhatao & namiでコンサートをしました。その後でオーナーシェフにお誘いいただき素敵なフレンチ・レストランで食事をしながらお話をしました。

「美しいものが大好き」というシェフは、つい最近お店のデザインをお菓子のような美しい内装にリフォーム。宝塚歌劇団が大好きで、2年前から週2回バレエを習い始めました。

もうじき60歳になるシェフ(ジャンミシェルさんと同じです)に、40歳なら今から全く違うことを始めて2つめの人生を生きられるよ!と励まされました。

バレエ教室は女性ばかり、お店のお客様も女性、従業員も女性というシェフとの話題は自然に男と女の違いに。

「男性は習わずに独学をする」「女性のほうが新しいもの好きで好奇心が旺盛」「男性は縦社会で優劣を決めないと喧嘩になるが、女性は横につながり共感し合う」などひとしきり男女の違いについて興味深い話をしたのち、お店を出ると空には綺麗なお月さまが。

思わず皆で「綺麗なお月さま!」と讃えていると、シェフが「男だと普通こういう話にならないものな」とぽつり。なるほどそのとおり、と思いました。

僕もシェフと同じく、共演者もお客様も生徒さんも周りは女性ばかり。男同士だとどうも居心地が悪く、うまく馴染めません。特に体育会ノリの上下関係は苦手で、一匹ウサギな性格もあって上には反抗し下には丁寧にしすぎてしまいます。だから男友達はほとんどおらず、ビジネス的な関係以上に踏み込むことができません。

こうして長年女性と接していることが多いからか、女性が良いと言うものが良いと思えるようになりました。人の内面には、生物学上の性や性的嗜好と別とは別に男性性・女性性があり、女性とともに生きているうちに内面の女性性が育ったのでしょう。

若い頃は男性的なエネルギーを持て余して手を焼いていましたが、最近になり、自分の内面の男性性・女性性が良い具合に統合されてきました。

これは自分の音楽にも影響を与えており、パワーやテクニックで圧倒するような時代を経て、これからは感覚的で精神的な方面に充実してゆくと感じています。

2018/11/24

日本の音楽が吹きたい


勤労感謝の日の今日、誘われて知人の篠笛奏者お二人のコンサート「風の彩 二管の綾」を見に行きました。

ポスター写真左の森美和子さんは私が学生時代からの知り合いで篠笛のプロ演奏家で日本各地の伝統芸能の篠笛を学んでいる方です。写真右の山口幹文さんは新潟佐渡の芸術集団「鼓童」の現役の笛奏者で、今年はコンサートをご一緒にさせていただきました。

今日のコンサートは無伴奏笛2本のみということで、民謡、自作曲、お囃子などを織り交ぜ笛2本の楽しみと可能性をたっぷり披露くださいました。

私は日本人でありながらケルト音楽の笛を吹いていますから、ヨーロッパを旅行すると日本の曲をリクエストされる場面が多いものです。そのような時に日本の音楽も吹けたら良いなと思うことがしばしばありますが、童謡などをそれらしく吹いてお茶を濁して済ませてきました。

日本の笛奏者では能管奏者の一噌幸弘さんと数年来親しくさせていただいますが、さらに去年に篠笛奏者の村下さんと出会ったきっかけで、今年は山口幹文さん、狩野泰一さんという篠笛の大ベテラン奏者とお引き合わせいただきコンサートをご一緒し、お二人の住む佐渡にも行くことができました。また龍笛奏者の芳村直也さんとも出会い、私の笛史上で大きなインパクトのある一年でした。

一噌さんには能管を吹くよう勧めて頂いていましたし、深い音色の尺八もまた魅力的です。そこで今年は自分も和笛に挑戦する年かなと思い、立平さんの篠笛を購入し狩野泰一さんのレッスンを見学させていただきましたが、それでもどの笛にも気持ちが動きませんでした。

お能はかつての武士の音楽、雅楽や神楽は神職の音楽、尺八は虚無僧の音楽。今は何を使って何を吹いても自由な活動が許される時代ですが、どうしても真面目に考えてしまいます。自分はそれらの世界と合うように思えない。そして誰かの家元に習いに行ったり、和笛奏者に転身して和装して舞台に立つ姿はどうも想像できない。やはり生活の音楽、つまり民謡が好きです。

そこで気軽に楽しめそうな篠笛なのですが、最近は篠笛でポップスや童謡やゲーム音楽を吹くほうが流行しているようで、そうでなければ特殊な音律や運指の伝統的な郷土芸能のお囃子笛という極端な選択肢となります。

何の和笛であれ近年流行りの西洋音楽の影響を受けた音楽には、どうも興味を持つことができません(奏者の方を批判しているわけではなく、あくまでも私の音楽的嗜好です)。西洋音楽的な和音進行や8小節ひとパートの構成を聴くと、とたんに萎えてしまうのです。

日本の笛の方を例にすると波風が経ちますから、韓国の笛で言うと、こういう奏者よりも
https://www.youtube.com/watch?v=RnXiNWALM54

こういう奏者が好みです。
https://www.youtube.com/watch?v=pEztEb1vf_s

伝わりますか。2つ目の笛は正真正銘の伝統音楽ですが、本当は伝統音楽を基礎にした芸術性の高い新しい創作音楽が好みです。

一方でお囃子は華やかで魅力的なのですが、曲数が少なく、短いフレーズを延々と繰り返して吹くもので音楽作品として舞台で演奏するものではありません。自分はアーティストとして作品を創り表現したい。自分が篠笛にのめりこめないのは、そういう理由だと理解しました。

そこで先日のブルターニュの伝統音楽を演奏するフルート奏者ジャンミシェルさんの音楽との出会いからひらめきました。
ジャンミシェルさんは、もともとなかったフルートをブルターニュ音楽に持ち込んで演奏スタイルを確立しました。それならば、日本にない木製フルートで日本の音楽を演奏するスタイルを模索したってよいのではないか。
フルートをある程度使いこなせる自分にとっては、今からまったく新しい和笛を始めるよりも、日本の笛の音律や奏法をフルートで演奏するほうが現実的だし自分らしい。それに日本の音楽にはない楽器なので、何をどう吹くのも自由だし誰に遠慮することもない。

この年末にようやく方向性が見えた思いです。これが何につながるのか今の自分にはまだわかりませんが、40代に入りましたし、ここからはライフワークとして日本の伝統音楽を調べ、学んでみたいと思っています。

とりあえず、来年キャンピングカーを手に入れたら夏に東北を周り、各地のお祭り囃子を見てきたいと考えています。

2018/11/20

説明不要な音楽をする

<また長文エッセーを連発しました、しかも毒を吐いていますから、読みたい人だけ読んでください>

 池田市のレストラン「ばんまい」での月例コンサートは特別だ。自分達演奏家が楽しむことを第一目的にし、お客様とその時間を共有するという信念でもう5年くらい続けてきた。

 入場料をいただくコンサートであればお客様に楽しんでもらえるように入念に選曲やリハーサルをし、曲についてお話をする。

 一方で「ばんまい」は入場無料・入退出自由で、解説は一切せず、リクエストにも応じず、一般的に知られた演奏することもない。
 演奏者とお客様は自由で対等な関係において音楽を共有する。お客様は他人の音楽鑑賞に迷惑をかけなければ、何をしながら聴いても良い。お客様が自分たちの音楽を気に入ったらチップをいただくこともある。

 自由だから思いつきで好きな曲を打ち合わせなく演奏したり、昔のレパートリーや初めて人前に出す新曲を披露することもある。不安定でリスクが高いが、新鮮で自分たちが飽きない。

 ところで先日ジャン・ミシェルさんの音楽について、コンサート会場のオーナーから「わかりやすい説明がほしい」とのご要望をいただいた。

 お客様が知っている「アイリッシュ」や「タイタニックの音楽」とは関係があるかと問われたが、彼らはそういったものとは関係がないため「ケルト音楽の最高峰デュオが初来日」とだけ説明して頂いた。

 音楽は頭で聴くものではないので、聴いてもらえば感動していただける自信はあるのだが、人は頭で理解して初めて行動するものなので、わかりやすく説明しないと来てもくれない。歯がゆい。

 ジャンミシェルさん達は伝統音楽を演奏するので、コンサートでは自分たちブルターニュ人のルーツや音楽の背景について説明をしてくれた。それで音楽への理解や想像の手がかりを得られたとお客様からは好評だった。
 しかし彼らの音楽は伝統音楽を素材にしながらも極めてユニークな発想と高度な演奏技術によって、全く説明不要な域に達していたし、仮に説明が一切なくても、その素晴らしさは必ず伝わったと信じている。

 あるイベント主催者は、プログラムの半分をお客様が知っている曲にしてほしいと演奏家に要求するそうだ。お客様をバカにするんじゃないと思う。それは「どうせ塩と砂糖をまぶして味の素を振っておけば美味いと思うんだろう」とお客を甘く見ている料理人のようなものだ。そして、こんなことを言うなんて、信念を持って活動している演奏家に失礼極まりない。

 ジャンミシェルさんの音楽を見て、僕は心に誓った。いつかあの「説明不要」な域に達したい。僕は僕だ。僕の音楽は僕の音楽だ。

 僕はアイルランド人演奏家でも、ケルト音楽や北欧音楽の紹介者でもない。「ケルトの風」とか銘打ったコンサートに呼ばれて「ダニーボーイ」をG調で「AABB、AABB+リフレイン」で演奏するのは恥ずかしい。酒と縁を切ったのに「アイルランドは酒場の音楽」と言ってダンス曲を連発するのも性に合わない。

 お客様に歩み寄って誰にでもわかりやすく音楽を伝えるのは、レッスンやレクチャーや教本や「ケルトの笛屋さん」のホームページで充分やっている。

 hatao & namiでは、説明ができない音楽をやる。心に深く届き、わけもなく泣きたくなるような音楽を目指す。個人的な体験や思いを語り、演奏する。それを聴きたいと思う人に、誠実に音楽を演奏したい。

  誕生日を迎えて人生残り少なくなってきたのだから、大好きな音楽くらい、好きなことをさせてほしい。

人生における無駄な時間について

あと2日で40歳になる。本当に時間の経過が速いし、自分も長生きしたなと思う。周りで病気にかかる人も多いのに、病気をせずに済んだのは幸運だ。丈夫に産んでくれた親に感謝したい。
誕生日の頃になると、自分の人生や現在地点を振り返る。最近よく思うのは、「人生における無駄な時間」について。
僕は大震災の2011年に、老いも若きも理不尽に亡くなったことを見て衝撃を受けて、儚い人生いつ死んでも悔いがないように生きてきた。ネットで「死ぬときに後悔すること」で検索すると、亡くなる前に人がどんな後悔をするのかを知ることができる。それを見て、後悔することを先にやった。
成長した娘に会った。自転車旅行をした。ヨーロッパを長期旅行した。楽器店を開いた。語学を習得した(来年は留学もする)。本を書いた。大好きな音楽のヒーローを呼んで一緒にツアーした。世界旅行とか、大舞台での演奏とか、会社を大きくするとか、まだまだ叶えたい目標はあるけれど、現状には充分満足している。
しかしもっと早くに目が覚めていれば、もっと早くに今の地点まで来れたと思う。人生は若い頃ほど柔軟で自由で吸収力があるので、若い時間ほど貴重である。
僕がこれまで40年近く生きてきて無駄だったと思う主な時間はこれだ。
(1) 苦手なことを克服しようとした
「好き嫌いなく食べなさい、苦手な人ともうまく付き合いなさい、不得意なことにも挑戦しなさい」と言われる。しかし苦手なことをすると苦痛を感じ、結局は克服できずに苦い思いだけが残ることが多かった。苦手なことを早期に見つけて、それを避けて、得意なことや好きなことに集中するほうが大事だ。
(2)自分とは合わないコミュニティに属した
自分を尊重しない人間関係に身を置いた。何をしても嘲笑われ、誤解された。怒りと悲しみと復讐心で心が黒く汚れた日々を過ごした。それでも、その関係が必要なんだと自分を騙して我慢した。どこかに自分を尊重してくれる人は必ずいるし、自分を必要としてくれるコミュニティはある。早く逃げるべきだった。
(3)人の評価を得るために努力した
人の評価は全くアテにならない。自分が嫌いな人が世間で良い評価を得ることはある。他人の助言は、結果に責任を取ってくれない。自分を曲げてまで人に好かれようとする努力は無駄だ。
(4)異性にモテようとした
人生の大半を「モテる=良いこと」だと思って生きてきたが、性的パートナーシップにおいて大切なのは相性だ。不特定多数の異性に好かれると、それだけ誘惑やトラブルが多く苦労するだろう(僕はモテないから無縁だったが)。それよりも、自分と相性の良い相手を見定めて長期にわたる良好な関係を築くことのほうがよほど大切だ。
(5)終わった恋愛をいじくりまわした
真剣に恋愛をしていれば、別れは死と同じくらい苦痛に感じるものだ。しかし、死んだ人が蘇らないように、終わった関係は戻らない。終わった関係をいじくるのは、墓穴を掘り返すようなものだ。そして関係が終わったことは、誰よりも自分が知っているものだ。
(6)本当は合わないと知っている人と友だちになろうとした
色々な種類の人と付き合えば得することがあるかもしれないという下心で本当は合わないと思う人のために時間を費やした。結局は努力が虚しく疎遠になり関係が消滅した。合わないとわかっている人とは1分も費やすべきではない。
(7)興味がなくなったことを惰性で続けた
読まなくなったのに毎月届く雑誌のように、興味がなくなった習い事、サークル、学問などがある。経済学にはサンク・コストという考え方がある。それまでに投資した時間がもったいないので、惰性で投資を続けてしまうというものだ。捨てなければ新しいものは入ってこない。損切りが重要である。
(8)Noを言えなかった
忙しいときに限ってかかってくる電話のようなものだ。「今忙しいので」の一言が言えなかったばかりに、大事な時間を奪う人がいる。友人や同僚のちょっとした頼み事とか、興味のない飲み会の誘いとか、セールス。Noが言えなければ、それが積もり積もって人生で何日分にもなる。
(9)効率よく学ばなかった
1年で習得できるものに4年も費やした、ということがある。楽器でも語学でも学習は短期集中がもっとも効率が良い。もし英語や中国語の学習方法を工夫したら、きっともっと短時間で今のレベルに到達していたはずだ(だから韓国語は失敗したくない)。そして、適切な人に正しい方法で習うことがもっとも時間とお金の節約になる。
(10)無駄とわかっているものに習慣的に時間を費やした
個人的にはテレビのザッピング、SNS、子供の頃のゲームとアニメ、一人での飲酒など、受動的な娯楽に多くの時間を費やしすぎた。
無駄を省くのは、1分を惜しんでマシンのように勉強や仕事をして大成功し経済的に豊かになるためではない。それではペットを飼うのは無駄かとか、育児は無駄かとか、おかしな議論になる。
経営とは、人・金・もの・時間の有限な資材を最大限の効果を産むように振り分けることだ。人生も、無駄を省いて有意義なことに費やすほうが、幸福だと僕は考える。それが趣味であれ、愛する人との時間であれ、一日の中で自分にとって幸せな時間を増やすことだ。
お金と時間の関係についてはまた語りたいことがたくさんあるけれど、これだけは書きたい。
世の中はお金がなければ時間や体力を使うようにできている(例;新幹線ではなく高速バスに乗る)。時間をお金に換えることは、命を切り売りしていることと同じだ。そして、歳を取ればお金を稼げるようになるかもしれないが、その時に若い時の時間を買い戻すことはできない。
お金だけのために貴重な時間を差し出しているのであれば、それは無駄なことだ。その証拠に金融投資をすればなんの苦労もなくお金が増えたり減ったりするのを知るだろう。お金を稼ぐ=時間や労力を費やすこと、という前提は簡単に崩れ去る。
ある時点から僕は「お金を稼ぐこと」と「仕事」を分けた。仕事とは「自分の才能を生かして世の中に貢献すること」であり、職業ではなく、やるべき人生の事業だ。その時間を確保するために、「お金を稼ぐこと」=職業にはできる限り時間を使わずにすむようにする。極端に言えば寝ていても銀行口座にお金が振り込まれる仕組みを作る。それにより「仕事」ができ、「お金を稼ぐこと」がより効率的になる。歳を取るごとに時間・お金・健康が増えて、思考に囚われが少なくなり、自由が拡大するような生き方が素晴らしいと思う。
最後に、無駄に見えて大切にしていること。
(1)睡眠…最低7時間の睡眠は寿命のためにも必要。
(2)食事のための時間…作るのも食べるのも幸せな時間だし、健康になれる。
(3)運動…駅までの坂道徒歩20分は自分にとっては浪費でなく投資。
(4)家族や好きな人と過ごす時間…このために仕事をしている。
(5)五感で楽しむこと…旅行やスポーツなど
残りの人生を今までより賢明に生きたいと思う。

2018/11/15

Jean-Michel Veillon & Yvon Riou 日本ツアーお礼

Jean-Michel Veillon & Yvon Riou 日本ツアーお礼
※長文です。

フランス・ブルターニュのフルート奏者Jean-Michel Veillon(以下ジャンさん)とギター奏者Yvon Riou(以下イヴォンさん)の10/31~11/12の13日間にわたる初来日ツアーが無事に終わりました。

今回は台北・関西・関東の11会場でコンサートとワークショップを開催し、300人以上の方に参加いただきました。ご来場くださいましたお客様、宣伝を手伝ってくださった方、スポンサーの宇都宮伊澤屋様、ギターを貸してくださった いがりまさし さん、会場関係者の皆様に改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

この日記は自分の記録として書き残して置きますが、誰も細かいところまで読まないでしょうから、大事なことから書いていきたいと思います。読みたいところだけ読んでください。

<ツアーの収支>

どんなに内容が良くても赤字が出たらイベントは失敗です。二人からは、交通費+宿泊費はすべて経費とし、飲食費は各自持ち、宿泊はホテルのシングル、出演料は別途各コンサートごとにウン万円という条件を出されていました。

私がプロのエージェントではないことと、ジャンさんの「小さな会場でもいいからできる限り空き日を作りたくない」という意向を汲んで、出演料についての条件は免除してもらいました。

ただし赤字が出たら私がすべてかぶり、CDの売上は別途全額を渡すことは絶対条件です。関西での宿泊は経費節減のため自宅を利用しましたが、結果的に彼らもゆっくりでき、疲れずに済みました。

経費は自分の分も合わせて70万円ほど、経費を引いた利益はそれなりのまとまった金額が出て、CDは110枚すべて売り切れました。これにはお二人とも満足していただき、「また来たい」とおっしゃっていただけました。
言い出した時点で赤字は覚悟の上でしたが、持ち出しはなく、自分としてもほっとしました。

<反省点>

初動の遅れが最大の反省です。出演条件の交渉は2017年のうちに終わっていたのですが、2018年前半は楽器店の開業に集中しており、実際にコンサート会場のブッキングを始めたのは2018年の6月からでした。

チラシを配布開始したのは7月で、半年前には作っておくべきでした。ホテルの予約に至っては10月に入ってからで、条件の悪いホテルばかりでした。もっと早く動いていれば、音楽ホールや労音さんに企画を買い取ってもらうこともできたかもしれません。また、リスクを減らすために次回はクラウドファウンディングを検討したいです。

ブッキングについては、ある会場では人が集まらず、赤字すれすれになってしまいました。一箇所の人数が多いほどチャージバック率など経済効率性が上がるので、小さな会場で連日開催するよりも、100人収容の会場を3箇所くらいに絞ったほうが良かったです。

台湾公演については今回は彼らがたまたま取った航空券が台湾のエバー航空のものだったので、思い入れからコンサートを企画しましたが、私の渡航費で利益が飛んだので、やらなくてもよかったです。期待していた観光も一切できませんでした。

東京はホテルや駐車場が高く、また都民の平均収入も高いようなので、東京だけ入場料を高く設定しても良いかもしれません。

CDは200枚あっても良かったと思います。これらを改善すれば、もっと余裕のあるスケジュールで日本を楽しんでもらい、より多くの出演料を渡せたはずです。

<運営>

今回は私一人で企画、宣伝、販売、会計、料理や洗濯などお世話、荷物の運搬、運転、通訳から前座まですべてワンオペで行ったツアーでした。2週間予定を空けてくれるスタッフなどいるわけもなく、いたとて人件費を支払えませんでした。
それは問題なかったのですが、彼らより早起きして支度して彼らより遅く寝ていたので睡眠不足が辛かったです。最も心配だった運転は意外と問題ありませんでした。そのうち何かあるとジャンさんから「ハタオ~!」と呼ばれるようになったので、すっかりお世話役が板につきました。

<主催者の意義>

毎日奇跡のような演奏を観ることができ、ファンとして、音楽を学ぶものとして最高に幸せな日々でした。毎日たくさんの音楽の話を聞き、ワークショップも含めて自分が一番勉強になりました。

また、hatao & namiの演奏を3日間見て肯定的なコメントをいただき、いま取り組んでいることに自信を得られたこと。次に出版するフルート教本に、直前になって多くの付け足すべき内容を教えていただけたことは、お金を払っても得られないことでした。

音楽を学ぶ人は、世界的な一流の演奏家や先生を日本に招いてイベントをすると、先生との結びつきが強まり勉強になりますから、短期留学よりもずっと効果的な学びが得られることと思います。音楽以外に企画や宣伝の上でも勉強になりました。

<宣伝>

今回はチラシ6000枚(配りきれず2000枚以上が余りました)、SNS、YouTube、楽器店のメルマガ、お店のホームページを使っての宣伝でした。今考えれば、フランス大使館、日本のブルターニュ関係の飲食店や雑貨店、日仏会館など宣伝協力を依頼できたところがありましたが、当初は思いつきませんでした。
ジャンさんはフランスでは実績があるので、新聞やプロフィールなどフランス語の資料をもらってそれらの機関にPRすればよかったです。
チラシは会場以外に配布先が見つからず、ミュージックプラントの野崎さんに頼んで、Flookのコンサートで配布をしてもらいました。それでもツアーが始まるまでチケットの売れ行きが悪く、ツアーが始まってからSNSを中心に話題作りを頑張りました。多くの方がSNSで良い感想を書いてくださったのも効果があり、後半になって一気に予約が入りました。
日本では知名度が低いブルターニュ音楽ですが、人気のあるアイリッシュに絡めた売り方は一切したくなかったので、そこは私の意地でした。

<ふたりのこと>

演奏が最高なのは言うまでもありませんが、二人の人柄がおちゃめで、演奏以外の時間が楽しかったです。ジャンさんのおとぼけと、無口だけどジャンさんのボケをしっかり拾ってあげるイヴォンさんのコンビは友達としても相性抜群です。

観光にもグルメにも興味がなく、いつも音楽のことで頭がいっぱいで、会場に着くなり楽器を取り出す二人。お腹が空いていても、疲れていても文句を言わず、その日のコンサートを最高のものにしようという集中力は、私には足りないものでした。
時間にルーズで起床時間も出発時間も守れないのですが、そのマイペースぶりも計算に入れて行動したのでストレスにはなりませんでした。
どんな時もユーモアと感謝の気持ちを忘れず、誠実に自分の音楽を届けることにひたむきな姿が最も印象に残りました。

<今後のこと>

外国人ミュージシャンの招聘公演の企画は2回目で、初回は8年くらい前、アメリカ人パイパーのDick Hensoldさんでした。
その時は私の純粋な音楽的な好奇心で企画しましたが、今回は「ケルトの笛屋さん」とリンクさせて、ホームページでの宣伝や予約受付やCDの販売もしました。結果的にホームページでの予約決済システムはクレジットカード手数料が高く、今後はしないことにしましたが、お店を挙げての宣伝には効果があったと思います。

赤字を出さずにイベントを終えることができたので、今後は「ケルトの笛屋さん」の事業として招聘公演を手がけることも視野に入れたいです。大手エージェントは絶対呼ばないような素晴らしいアーティストを呼ぶことで、日本のケルト音楽の振興、ひいてはお店の事業の発展につながれば、好循環を生むことができます。

以上です。今回の公演に関わってくださった皆様に、改めて感謝いたします。今後もケルトの笛屋さんの活動を支援してくださいますと幸いです。