2019/02/11

韓国留学旅行日記 2月11日(月)16日目 言葉から見るアジアの中の日本

週が明けて学校が再び始まった。
朝6時に起きて、7時に学校に行って予習・復習。2時間あると満足に勉強ができる。その日の単語や文法を全部調べてから授業を受けるので、授業中は退屈になってしまって、自分で単語や文法を調べてしまう…。

言語間で文法を比較するのは面白い。この間は「〜だけある만 있어요」を「〜しかない밖에 없어요」に言い換える練習を習ったのだが、僕が知る限り英語や中国語にはないと思われる。これは、韓国語と日本語の共通点で、日本人にはとても簡単な文法のはずだ。

※中国人の友達の常凡君によると、「除了〜没有」という言い方はあるにはあるが、中国人は直接的な話法を好むので、あまり使わず、日本の小説の翻訳ものなどで使われるそうだ。

「1時間しかない」
直译:我除了一小时之外没有别的时间
惯用语句:我只有1个小时时间

「100円しかない」
直译:我身上除了100日元没带别的钱
惯用语句:我身上只带了100日元

ただ、これは両言語が完全に対応しているのかは、自分は少し疑問に思う。

授業の休み時間んに、隣の台湾人(19)と、文法や言葉や政治について中国語で話をする。
台湾人の彼に聞くと、韓国語であってもハングルの漢字語(例えば料理、家具などたくさんある)を漢字で理解しており、その方が理解が速く進むとのことだ。僕もそう思っている。台湾と日本が同じ漢字のある国でよかった。

韓国の漢字語の読み方は中国語と日本語のまさに中間で、その両方の知識があれば、より理解が深まると思っている。

話は変わって、アメリカのシャノン・ヒートンShannon Heatonさんのポッドキャスト番組のインタビューについて、シャノンさんとメールのやりとりをしていて、韓国人のミュージシャンの次の発言に心が動かされたと言っていた。

“Even though there is no information except the music, we can play in the same breath, the same rhythm, the same heartbeat. We are experiencing the same thing together.”

僕が中国語や韓国語を学びながら、こうして各地で音楽を教えたり演奏したり、交流をするのは、まさにこれだ。言葉や習慣が違う人と同じ経験をできることが喜びだからなのだ。

学校が終わって、昼に食堂で注文するとき、「ええと、あのう」と言おうとして、「あの」って韓国語で何と言うのだろう?と考えた。調べてわかったのだが、「チョー 저〜」と言うのだ。

これは、イ이(これ)、ク그(それ)チョ저(あれ)という指示語である。そういえば、中国語でも「えーと」は、チェイガ這個(これ)、ネイガ那個(あれ)のなかの「那個」を使う。日本の「あの」とまったく一致するのである。

英語で"well"とか"Like"とかで間を繋ぐのとはちがい、やはり東アジアはつながっているのだと感じた。

ご先祖様が、大陸から、そして朝鮮半島を渡って日本にやってきて、日本に文化と言葉をもたらした。その事実を改めて考えると、東アジアの先人たちに感謝の気持ちが湧き上がってきて、目の前のプルコギが涙で滲んでしまった。

東アジアの人たちへの感謝の気持ちを、言葉と行動で表していきたいと、あらためて思った。

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